Blue Tundra
記事 · ウ 2025-04-03

ポルトガルのウール産地について、仕入れの旅で知ったこと

ポルトガル北部の工場を訪ねた三週間で見えてきた、ウール生地と日本の湿度の話
石
石川 駿
Founder
2025-04-03
夕方の牧草地に立つ二頭の羊

ブラガから北へ向かう列車の中で、隣に座った老人が羊毛の匂いのする上着を着ていた。窓の外には背の低い石造りの家が続き、十一月の光がやわらかく斜めに差し込んでいた。そのとき私は、自分がなぜここまで来たのかを改めて考えていた。Blue Tundraのために生地を選ぶということは、数字やスペックだけでは決して終わらない仕事で、工場の床を歩き、織り機の音を聞き、担当者の言葉の端々に耳を傾けなければわからないことが、必ずある。この記事では、石川 駿として実際にポルトガル北部のウール産地を歩いた三週間で見たこと、聞いたこと、そして日本に帰国してから改めて考えたことを、できるだけ正確に書き残しておきたいと思う。

ミーニョ地方という場所について

ポルトガルのウール産業の中心はリスボンではなく、スペインとの国境に近いミーニョ地方、とりわけブラガ県とヴィアナ・ド・カステロ県の一帯に集まっている。グイマランエスという中世の城塞都市が近くにあり、ここはかつてポルトガル王国発祥の地とされているが、それと同時に繊維産業の歴史的な集積地でもある。一九世紀には綿工場が林立し、二十世紀に入ってからはウールの生産も盛んになった。EUの共通農業政策によって羊の飼育数は変動してきたが、紡績と織りの技術はこの地方の職人たちの手にしっかりと残っている。

私が訪ねた工場のひとつは、グイマランエス市街から車で二十分ほど離れた小さな谷間にあった。建物は古く、外壁のタイルが部分的に剥がれていたが、内部の設備は一九八〇年代に更新されたドイツ製の紡績機と、二〇一〇年代に導入されたイタリア製の織り機が混在していて、その新旧の組み合わせが独特の雰囲気をつくっていた。工場長のジョゼ・マヌエルは六十代の男性で、父親の代からここで働いているという。通訳なしでは到底理解できないポルトガル語で話すのだが、彼が生地の端を指でつまんで引っ張るときの手つきには、言葉を超えた確かさがあった。

原毛の選定から紡績まで、工場で見た工程

ジョゼ・マヌエルに案内されて工場の奥へ進むと、まず原毛の保管室に通された。スペインのメリノ種、ニュージーランドのロムニー種、そしてポルトガル国内のメルタ種の三種類が別々の区画に積まれており、それぞれ繊維の太さと長さが異なる。メリノ種の繊維径が平均で十七から十九マイクロメートルであるのに対し、メルタ種は二十四マイクロメートル前後で、手で触るとはっきり違いがわかる。ただし、単に細ければ良いというわけではなく、最終的にどんな生地に仕上げるかによって、混紡比率を変えるのが彼らの仕事だという。

洗毛、梳毛、紡績と続く工程のうち、私が最も興味深く見たのは梳毛の段階だった。原毛を引き伸ばし繊維を揃えるカーディングの機械は、数百本の細い針を持つローラーが何段にも重なって回転しており、その音は低く、一定のリズムを刻んでいた。ジョゼ・マヌエルはそのローラーの速度と針の間隔を調整することで、最終的な糸の太さと均一性をコントロールすると説明した。温度と湿度もこの工程に影響するため、工場内は常時湿度六十から六十五パーセントに保たれており、ポルトガルの乾燥した秋でも加湿器が複数台稼働していた。

織りと仕上げ、そして生地が持つ記憶

紡績を終えた糸は、隣の建屋にある織り機のセクションへ運ばれる。私が訪ねたこの工場では、主にツイードとフランネルの二種類を生産していて、前者は平均して経糸と緯糸を二十四本から三十二本の密度で組み、後者はより緩い構成で織り上げた後にフェルティング処理をかけて表面を毛羽立たせる。フランネルのフェルティング工程は縮絨機という機械で行われ、水と圧力と摩擦を使って繊維を絡ませる。この工程で生地は幅方向に平均して約十五パーセント収縮するため、最終的な寸法を逆算して織りの段階から設計しておく必要がある。

仕上げの段階で私が予想外に時間をかけて見てしまったのが、テンタリングと呼ばれる幅出しの工程だった。縮んだ生地をピンで両端に固定し、一定の張力をかけながら乾燥炉を通す作業で、ここで生地の最終的な幅と風合いが決まる。ジョゼ・マヌエルは「この機械が生地の記憶を作る」と言った。縮絨で絡み合った繊維をどれくらい伸ばすか、どれくらいの温度で乾かすか、その選択が生地の手触りと回復性に長く影響するという意味だった。私はその言い方が好きで、手帳にそのままポルトガル語で書き留めた。

「この機械が生地の記憶を作る」——ジョゼ・マヌエルの言葉は、生地選びの基準をそれまでとは少し変えた。

日本の気候とウール、実際のところ

日本に戻ってから、仕入れた生地をサンプルとして手元に置き、季節の変化の中でその振る舞いを観察してきた。日本の気候でウールを考えるとき、多くの人がまず思い浮かべるのは冬の保温性だが、私が産地で学んだことは少し違う視点を持つようになるきっかけになった。ポルトガル北部のフランネルは、繊維が三次元的に絡み合っているため、空気を多く含み断熱性が高い一方で、繊維自体の吸湿性によって湿度の高い環境でも蒸れにくい。東京の十一月や三月、つまり最高気温が十五度前後で湿度が六十パーセントを超えるような日には、この特性が実際に体感できる。

一方で、日本の夏の高温多湿はウールにとって保管上の課題でもある。ウール繊維はタンパク質由来であるため、湿度が八十パーセントを超え気温が二十五度以上の環境が長期間続くと、虫害や黴のリスクが高まる。私自身、ブラガで購入したツイードのサンプルを適切な防虫処理なしに夏の倉庫に置いたまま忘れていて、秋に確認したら端の部分に小さな食害の跡を見つけたことがある。これは私の管理の失敗だが、産地の乾燥した環境で作られた生地を日本で扱うときに意識すべき現実として、正直に書いておきたい。

秋から冬にかけての日本の屋外、特に北陸や東北の冬を想定するなら、ウールフランネルの厚さは三百グラム以上の平方メートル重量が実用的な目安になる。ただし東京や大阪の冬であれば、二百グラム台の軽いフランネルでも、インナーとの組み合わせ次第で十分に機能する。産地でジョゼ・マヌエルが見せてくれたサンプルブックには、同じ原料でも重さを百八十グラムから四百グラムの間で六段階に分けた生地が並んでいて、その選択肢の幅が日本の多様な気候帯に対応できる理由のひとつだと感じた。

仕入れの旅で実際に確認したこと

産地を訪ねる前と後では、生地を選ぶときに確認する項目が変わった。以下は、今回の旅を経て私が現地で必ず確認するようにした点をまとめたものだ。

  • 原毛の産地と繊維径の数値(メリノ種であれば十七から二十一マイクロメートルの範囲かどうか)
  • 縮絨処理の有無と収縮率の実測値(フランネルの場合は十から十八パーセントが一般的)
  • テンタリング温度の設定(過剰な熱処理は繊維の弾力を損なう)
  • 防縮加工の種類(塩素系か酵素系か、あるいは無加工か)
  • 平方メートルあたりの重量と、想定している用途との対応
  • 最小オーダー数と納期、そして生産ロットの安定性

旅を終えて、残っているもの

ブラガを発つ前日の夜、ジョゼ・マヌエルと彼の息子が経営する小さなレストランで夕食を一緒にした。話題はウールの話から離れ、彼の父が工場を始めた一九五〇年代のこと、EUに加盟した後に繊維産業が縮小していったこと、それでもなぜ続けているかという話になった。彼は「うちの生地を使う人が服を着るとき、その生地がどこで作られたかを考えてくれるなら、それで十分だ」という趣旨のことを言った。私の通訳してくれた現地のエージェントの訳を信じるなら、そういう内容だった。

日本に戻ってから数ヶ月が経ち、仕入れた生地はいくつかの形になった。あの工場の縮絨機の音、加湿器の白い蒸気、ジョゼ・マヌエルの手の動きは、今も生地を手に取るたびに思い出す。良い仕入れの旅とは、単に良い素材を見つけることではなく、その素材がどういう文脈の中で生まれたかを理解することだと、改めて感じている。

ポルトガルのウール産地については、まだ書き切れていないことがある。特にカラー染色の工程と、近年の若い職人たちによる小規模な試みについては、次の訪問でもう少し深く見てきたいと思っている。

この記事について、あるいは生地そのものについて、何か気になることがあればいつでもご連絡ください。

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